自分が一生懸命描いて、当たれば最高、ウケなかったら辞めるしかない
——確かに僕らが子供の頃はアニメで『怪物くん』や『ハットリくん』をやっていましたけど、当時、先生が描かれていた漫画はすでに子供向けではないですよね。ちょっとブラック系で。
藤子A やっぱり30歳を過ぎて酒を飲んだり、いろんなことを経験すると子供漫画は描けなくなるんですよ。不純で。藤本君はいくつになっても『ドラえもん』を描ける人だったけど、僕は悪さをしていくうちに『ハットリ君』が描けなくなっていった。で、40歳くらいになって「弱ったな、僕はこれでおしまいか」って思ったときに『ビッグコミック』っていう青年誌ができて。 『笑ゥせぇるすまん』の前身となる『黒ィせぇるすまん』を読み切りで描いたんです。僕は元々ブラックユーモアに興味があったから「こういうのは誰も描いてない!」って。
——そうやって「新しい主戦場を探す」「自分の描きたい漫画を探求する」とか、悩みはいろいろあると思いますが。どの世界でも、「自分がやりたいもの」と「読者や編集者(クライアント)の求めるもの」…どちらを取るか? って。
藤子A うん、もちろんもちろん。そのへんの兼ね合いは本当に難しい。けど、ボクらは幸いに自分の漫画が当たるとか考えたことないわけ。考えたって読者にウケなかったらダメだし。計算してもね。だから漫画家は、「自分が一生懸命描いて、当たれば最高、ウケなかったら辞めるしかない」って考え方をしなくちゃいけないんです。藤本君は、「描きたくないものは描かない」って徹底してましたよ。僕はまだちょっと調子がいいから、編集者にサービスして描いたこともありましたけど(笑)。でも特に若い漫画家にとっては担当編集って大きな存在だしね。「編集とうまくやること」っていうのも、非常に大事なんです。だから、編集者にもうまく育てるように引っ張っていってほしいと頼みたいですね。
——「〝うまく〟育てる」。確かにそうですね。